| 2010,09,03,Friday | 05:10 PM |
今日9月3日は父の90歳の誕生日です。
本来89歳で卆寿を祝うようですが富士市では
2年前に満で米寿を御祝いしていただいたので
卆寿も満90歳で祝うことにしました。
プレゼントは子供、孫一同から90合=9升のお気に入りの日本酒「楽」。。。**
信じられないでしょうが、父は一日三合の割でこれを一月で消費します。
そして90合のもち米で作った名入りの一升もち9個。
9個全部は背負えませんが
1歳の背負い餅用のものを注文し利用させていただきました。、
これは今、子供と孫で9世帯ですから皆でいただきます。

けっして昨年までのように体調が良いわけではありませんが
まだまだ気配りする父ですから何しろノンビリ過ごして
ほしいと思っています。
90年前の大正9年、父は大阪の大開というところで生まれましたが
興味深いエピソードを一つ紹介しましょう。
生まれた家は松下幸之助さんの創業の家の目と鼻の先だったそうです。
当時松下さんは自転車で電気器具を納品に歩き
帰りに空の風呂敷に赤ちゃんだった父を包んで良く家に連れて帰りました。
7か月の時、故郷静岡に帰る父の家族を近所の人達が送ってくれて
松下さんは父をおいていけといって最後は汽車の窓から
入れてもらったそうです。
男の子のいなかった松下さんは9人兄弟の末っ子の父を
随分可愛がってくれたようです。
松下さんはその後雲の上の人になりましたが、
その頃の近所の人達とは長い間お付き合いがあったことを
私も良く覚えています。
永い人生には色々なことがあるものですね。
松下幸之助さん「創業の地」大開町マップです。

本来89歳で卆寿を祝うようですが富士市では
2年前に満で米寿を御祝いしていただいたので
卆寿も満90歳で祝うことにしました。
プレゼントは子供、孫一同から90合=9升のお気に入りの日本酒「楽」。。。**
信じられないでしょうが、父は一日三合の割でこれを一月で消費します。
そして90合のもち米で作った名入りの一升もち9個。
9個全部は背負えませんが
1歳の背負い餅用のものを注文し利用させていただきました。、
これは今、子供と孫で9世帯ですから皆でいただきます。

けっして昨年までのように体調が良いわけではありませんが
まだまだ気配りする父ですから何しろノンビリ過ごして
ほしいと思っています。
90年前の大正9年、父は大阪の大開というところで生まれましたが
興味深いエピソードを一つ紹介しましょう。
生まれた家は松下幸之助さんの創業の家の目と鼻の先だったそうです。
当時松下さんは自転車で電気器具を納品に歩き
帰りに空の風呂敷に赤ちゃんだった父を包んで良く家に連れて帰りました。
7か月の時、故郷静岡に帰る父の家族を近所の人達が送ってくれて
松下さんは父をおいていけといって最後は汽車の窓から
入れてもらったそうです。
男の子のいなかった松下さんは9人兄弟の末っ子の父を
随分可愛がってくれたようです。
松下さんはその後雲の上の人になりましたが、
その頃の近所の人達とは長い間お付き合いがあったことを
私も良く覚えています。
永い人生には色々なことがあるものですね。
松下幸之助さん「創業の地」大開町マップです。

| 2010,09,01,Wednesday | 09:52 PM |
もう30年前のことですが、我が家の三人のこどもたちは
小学生の頃大淵の剣道スポーツ少年団に入っていました。
今日は当時御指導いただいたT先生の葬儀に
参列させていただきました。
先生は93歳、8月11日まで道場で稽古をされ
お盆過ぎに体調がすぐれず入院され28日に
帰らぬ人となりました。
剣道は精神力によるものが大きいので
90歳になっても面をつけたら年齢が分らないと
いいますが本当にその通りだったと思います。
厳しい中にもいつも誠実で優しい御人柄でした。
先生との思い出は次々に浮かんできますが
皆さんも同じだったと感じています。
T先生と御縁があったことをこれからも大切にして
行きたいと思っています。

御冥福をお祈りいたします。
小学生の頃大淵の剣道スポーツ少年団に入っていました。
今日は当時御指導いただいたT先生の葬儀に
参列させていただきました。
先生は93歳、8月11日まで道場で稽古をされ
お盆過ぎに体調がすぐれず入院され28日に
帰らぬ人となりました。
剣道は精神力によるものが大きいので
90歳になっても面をつけたら年齢が分らないと
いいますが本当にその通りだったと思います。
厳しい中にもいつも誠実で優しい御人柄でした。
先生との思い出は次々に浮かんできますが
皆さんも同じだったと感じています。
T先生と御縁があったことをこれからも大切にして
行きたいと思っています。

御冥福をお祈りいたします。
| 2010,08,31,Tuesday | 09:35 PM |
8月13日ファミリーが集まった日のことです。
父が富士ニュースの「とん平さんが閉店する」という記事を
感慨深気に私たちにみせました。
47年前、父はアメリカのプラズマと言う切断機を全国でも初めて
購入し、会社では厚い金属を自在に切断する技術をいち早く持っていました。
当時高校生の兄にデザインしてもらい作ったのが
このとん平さんの看板です。
以前御幸屋さんのブログで閉店を知った時、
そこまでの御縁は知りませんでした。

お盆で亡き兄を迎えにいってきた所でしたから
偶然とはいうものの、何か不思議な気持ちになりました。
後継者がいらしゃらないということでの閉店は大変残念ですが
八月いっぱいということでしたから今日が最後。。。
長い間本当に御苦労さまでした。
父が富士ニュースの「とん平さんが閉店する」という記事を
感慨深気に私たちにみせました。
47年前、父はアメリカのプラズマと言う切断機を全国でも初めて
購入し、会社では厚い金属を自在に切断する技術をいち早く持っていました。
当時高校生の兄にデザインしてもらい作ったのが
このとん平さんの看板です。
以前御幸屋さんのブログで閉店を知った時、
そこまでの御縁は知りませんでした。

お盆で亡き兄を迎えにいってきた所でしたから
偶然とはいうものの、何か不思議な気持ちになりました。
後継者がいらしゃらないということでの閉店は大変残念ですが
八月いっぱいということでしたから今日が最後。。。
長い間本当に御苦労さまでした。
| 2010,08,25,Wednesday | 07:39 PM |
我が家の和室の障子を開けると北側の家が良くみえます。
何となく視角を遮るために一年中室内用の簾を下ろしています。
一昨日から解体作業がはじまりました。
ちょうど39年前ここに家を建てることを決めた時、
北側に建っていた当時としてはモダンな家がまるで縁のなかった
大淵に住むことの不安を和らげてくれたことを覚えています。
今は600世帯の町内も私たちが住んだときは70件目でした。

何年かしてTさんのお宅は別に御自宅があるので時々お知り合いの方が
借りて住んでいらっしゃいました。
様々な方との出会いやお付き合いを懐かしく思い出します。
夕方には解体も随分進みました。

3日目の今日も暑い中手際良く進んでいます。
この後どのように利用されるのでしょうか。
楽しみにも感じます。
何となく視角を遮るために一年中室内用の簾を下ろしています。
一昨日から解体作業がはじまりました。
ちょうど39年前ここに家を建てることを決めた時、
北側に建っていた当時としてはモダンな家がまるで縁のなかった
大淵に住むことの不安を和らげてくれたことを覚えています。
今は600世帯の町内も私たちが住んだときは70件目でした。

何年かしてTさんのお宅は別に御自宅があるので時々お知り合いの方が
借りて住んでいらっしゃいました。
様々な方との出会いやお付き合いを懐かしく思い出します。
夕方には解体も随分進みました。

3日目の今日も暑い中手際良く進んでいます。
この後どのように利用されるのでしょうか。
楽しみにも感じます。
| 2010,08,24,Tuesday | 07:37 AM |
10歳の孫のMちゃんとパパが8月8日富士山に登りました。
山頂のスタンプが押されたハガキが数日後届きましたが
とっても頑張って嬉しい出来事だったのでお蔵いりにならないうちに
UPさせていただきます。

もうクタクタのMちゃん


富士山を鎮国之山とも言うそうですが
私のリクエストにこたえて撮ってきてくれました。

Mちゃんのパパは毎年でも富士山に登りたい人。
娘が言うには「ただいま~」と会社から帰ってきた時と
同じ雰囲気で帰ってきたとビックリしていました。
昨年娘は初めて登ってみて、予想以上にきつかったらしいのです。
Mちゃんは妹のSちゃんに「来年はS子の番だからね。」と
言っていました。
Sちゃんは「わたしは絶対行かないよ。」といいながら
毎日逆立ちの練習に夢中です。
パパと二人の富士登山、きっと一生の宝物になることでしょう。
山頂のスタンプが押されたハガキが数日後届きましたが
とっても頑張って嬉しい出来事だったのでお蔵いりにならないうちに
UPさせていただきます。

もうクタクタのMちゃん


富士山を鎮国之山とも言うそうですが
私のリクエストにこたえて撮ってきてくれました。

Mちゃんのパパは毎年でも富士山に登りたい人。
娘が言うには「ただいま~」と会社から帰ってきた時と
同じ雰囲気で帰ってきたとビックリしていました。
昨年娘は初めて登ってみて、予想以上にきつかったらしいのです。
Mちゃんは妹のSちゃんに「来年はS子の番だからね。」と
言っていました。
Sちゃんは「わたしは絶対行かないよ。」といいながら
毎日逆立ちの練習に夢中です。
パパと二人の富士登山、きっと一生の宝物になることでしょう。
